余命9年を切った九州商船ペガサス


「このままでは航路がなくなりかねない」離島の足、存続の危機 数十億円の費用重い負担に(西日本新聞 10月16日 12時41分)

九州本土と離島を高速で結ぶ水中翼船「ジェットフォイル」が存続の危機に直面している。国内で運航する3分の1の6隻は船齢が30年を超え、35年程度といわれる「寿命」に近づいているが、造船業者は複数の受注がないと新造しない方針だ。数十億円の費用も海運会社の重い負担になるため、新造交渉が暗礁に乗り上げる恐れがある。

九州運輸局や海運会社によると、国内では6社が18隻のジェットフォイルを使用。九州では3社が博多-壱岐・対馬、長崎-五島、鹿児島-種子島・屋久島の3航路で10隻を運航し、このうち3隻が就航から30年を超える。

九州郵船(福岡市)は壱岐・対馬航路で2隻を運航。2010年以降の輸送実績は同じ区間のフェリーを上回る。船齢31年の1隻を20年代半ばに新船と入れ替える方針だが、竹永健二郎社長は「更新できないかもしれない」と話す。

「1、2隻の注文では船価も高くなる」

世界で唯一、ジェットフォイルの造船技術を持つ川崎重工業(東京)は、複数受注を新造の条件にしている。「最近21年間は建造実績がなく、設備の更新などが必要。1、2隻の注文では船価も高くなる」という事情がある。海運会社と商談を進めているが、契約には至っていない。

海運会社には「1隻50億円程度」(竹永社長)の費用も悩みの種。九州郵船が持つジェットフォイルの初期費用の約2倍に当たる。

負担を軽くするために、独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構は昨年4月、離島のある自治体と建造資金の最大9割を一時的に担う支援制度を始めた。だが、九州のある県は「返済してもらうとはいえ、県の財源も限られる。簡単に費用は出せない」と打ち明ける。関係者によると、新制度を活用する具体的な計画はまだない。

九州の3航路の年間輸送実績は、記録が残る03年度以降、約134万~158万人で推移する。日本旅客船協会で高速船建造問題委員長を務める竹永社長は「島民の足であり、観光振興にも欠かせない。このままでは航路がなくなりかねない」と危機感を募らせ、業界を挙げて国などに支援を求める構えだ。

ジェットフォイル
ジェット推進機から海水を噴き出し、船体の前後の水中翼に揚力を発生させ、海面から浮いた状態で航行する高速旅客船。「海の飛行機」と呼ばれる。時速80キロ(45ノット)前後の高速航行と、波の影響をほとんど受けない乗り心地の良さが特徴。1987年、米ボーイング社が川崎重工業に建造技術を譲渡した。川崎重工業は95年までに15隻を建造したが、以降は受注実績がない。



ぺがさす
1990年竣工・就航。163総トン、全長30.3m、幅8.5m、出力7,600馬力、航海速力43ノット、旅客定員264名。川崎重工業神戸建造。

ぺがさす2
1990年竣工・就航。163総トン、全長30.3m、幅8.5m、出力7,600馬力、航海速力43ノット、旅客定員233名。川崎重工業神戸建造。
かつては東日本フェリーに在籍し、「ゆにこん」(初代)として運航されていた。

国境離島新法でフェリー、高速船の運賃値下げが大歓迎ムード化しているが、9年後はフェリー航路のみの26年前体制の不便な交通網になるってことも十分に考えられるってことだ。
はたして現在より8000人も人口が減少してしまった五島市に、ジェットフォイルを建造する必要性があるとして意見するのか、行政・市議会の優秀な方々に取材したいものである。

五島市役所の管理職数名に五島市10年後の交通問題を尋ねるも、ジェットフォイルペガサスの運航事情を懸念する話は聞かれなかった。

一番の欠点は、九州商船の独占航路として他の海運企業の参入を推進出来なかった中尾郁子時代の市政運営が問題だったのである。
2016 2025

平成24年には市議会でこんな話もあった。

◆富江の合併前には500万の予算を組んでコンサルタントにお願いしたわけでございますが、3年は赤字であるけれども、50年スパンでコンサルタントが調べたところ物すごくいいころだというふうなことで、その書類を岩崎汽船に送ったわけでございますが、岩崎さんが直接社長が来ることはまずないというのを来ていただいたわけでございますね。

そのときに、ぜひやりますというふうなことだったんですが、市長が余り進まないというふうに私は受けとって、岩崎社長もあの市長はやる気ないよと。その後、議会の済んだ後に九州商船の平井社長、支店長、こういった人たちとカンパーナで飲み会をしたというふうに聞きました。前の議長さんも入っていたそうです、浦 藤彦さん。そういったことで、やはり市民はよく見ているんですよ。だからできないと。おやじの時代から九商とは仲がいいんだから、とても無理だよと私言われましたが、そういった今はそんなら市長としては、富江長崎航路を率先してやっていただけますか。やる業者を連れてきますよ。

 

One comment

  • 鬼平

    フェリーが主流時の長崎五島間時代、フェリーの最大乗客定員は650名前後じゃなかったかと記憶するべ。数年前に建造物された椿と万葉。最大定員3割減の480名。夏休みお盆休みでの帰省客、年末年始の多客期以外はゆっくりと休めるくらい閑散としている日の方が多いべ。丸田が示すように9年後には3万人。年間約1000人が減少していく事はいくら銭っこを投入したところで食い止めることは無理だべ。こりゃ真剣にフェリー2隻での運航になることを考えていた方がいいべ。

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